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いちこのブログ

大学生が料理の写真と日頃思ったことを綴るブログです

父がエクレアを買ってきてくれた

 

今日、コンビニにお弁当とかを買いに行ったついでに、父がエクレアを買ってきてくれました。

白いクリームとカスタードがいっぱい入ったエクレア。

 

ここ半年以上父とふたりで暮らしているのですが、父との会話はほとんどありません。父から「お金(食費とか)足りてるか」と聞いてきてくれたり、わたしから「食費ください」なんてお金の話をするくらい。それ以外も含めて、まともな会話は、1ヶ月に2,3回程度なんじゃないかと思います。

 

そんな父が、申し訳程度にコンビニで洋菓子を買ってくることがあります。といっても、わたしに買ってきてくれたのは3回目くらいなんですが。妹がいたときには、たまに買ってきてた記憶があります。

これは後ろめたさからなのか、なんなのか。理由は全然わからないし、自分からも聞かない。聞かないかわりに、「こういうお菓子そんなに好きじゃないんだよね」とも言わない。

あんまり好きなお菓子ではないけれど、黙っていただいてます。

 

分かりあうことをとっくに諦めてしまったわたしと元から分かりあうことを嫌う父の関係は、なんだか冷めきった夫婦みたいです。母と父の関係はまさしくそうなわけですが。

 

分かりあえるっていう安易な考えはお互いを辛くするだと思っているし、今までいろいろ試した上での今だから、父との関係に不満はありません。頑張ってたときよりも、憎んでたときよりも今の方が全然いいです。

それでも、もしわたしが「甘いクリームがいっぱい使われてるの好きじゃないんだ」とか、「チョコクリームそんな好きじゃないんだよね」とか、「スポンジケーキよりもプリンの方が好きなんだ」なんて伝えたら、どうなるのかなって思うんです。ただ思うだけなんですけど。

 

自分の好きなものをわかってもらうだけで、心の距離は縮められる気がします。

大切な相手が自分の好みをわかってくれて、それでなにかを与えてくれたならそんな嬉しいことないし、きっともっと好きになっちゃう。逆にそれを伝えなければ、小さなすれ違いがずっと続いていくわけで。父が、わたしの好みじゃないお菓子を何回も買ってくるみたいに。

 

分かりあうことは諦めていいけど、伝えることは諦めたくないな、と思います。

 

 

【追記】

あんまり好きじゃなくてもたまに食べたらおいしいものってあるじゃないですか。クリームたっぷりのエクレアもそれでした。

たまにはズレてるのもいいんだなって思いました。

この日は、久しぶりに父とまともな会話ができて嬉しかったです。わたしが赤ちゃんだった頃、父が乗っていた車の話。

私たちはずっと分かりあえないまま死んでいくんだろうけど、でも、死に際には「ちゃんと親子だった」って思うことができそうな気がしてます。

ここまでくるのに長かったな。

諦めることは受け入れることでもあって、それは許すことにも近いと感じます。

ぜんぶ許せるわけないけど、笑えるようになりました。